眠たい病気⑩

長年悩まされていた眠気に『特発性過眠症』という病名がついた。

肩の荷が降りたというか、とにかく宙ぶらりんな状態を脱することができた。

 

モディオダール」という薬を処方された。

必ず飲まなければならないという訳ではなく、眠気の心配のない時は飲まなくていいです。

眠くなったら困る場合や眠くなりそうな時だけ服用すればいいし、そこら辺は自分で加減して飲んで大丈夫です。

先生にはそう言われた。

 

それに、この薬は少し値段が高いらしい。後発薬は無いと言われた。

計算してみたら、いつも服用している花粉症の薬の点数の5倍だった。

もったいないので、事務の仕事があって眠くなりそうな日以外はできるだけ飲まないようにした。

 

パソコン仕事は、薬のおかげで眠くなることほぼはなくなった。

でも、パソコン仕事以外の時や休日は薬を飲んでいないので必ずどこかで眠くなる時間が来る。

ああまた寝ちゃった、と後悔する。

しばらくそんな感じで過ごしたが、これは効率が悪いし精神的にも良くないなと、その後は休日であっても必ず薬を飲むことにした。

 

何が自分の普通の状態なんだかもうよく分からない。

いつも眠そうなのが自分だというのも認めたくないが、昔は確かにそうだった。

 

中学の時に『眠そうな顔してるかと思ったら急に笑い出したり、変な人』だと卒業の寄せ書きに書かれたっけ。

周囲からしたらそれが私の普通の姿なのかもしれないが、それが病気のせいだとしたら?

 

人より異常に眠くなりがちな病気があって、その症状が薬の服用で改善されたら、それまでの「いつもだいたい眠そう」というその人に付いたイメージはどうなるのだろう。

 

もし私に眠くなる病気がなかったら、これまでの人生も今と少しは変わっていただろうか。

今より自分に自信が持てていただろうか。

そんな、考えてもどうしようも無いタラレバを時々ふと思ってしまう。

 

眠たい病気⑨

検査結果が出たので病院に行く。

異常無しなんてことはあり得ない。

あるはずがない。

こんなに眠いんだから。

でもナルコレプシーである自信はない。

昔、血液検査でマイナス判定が出ている。

 

診察室に入ると、先生が検査データを見せながら説明してくれた。

 

一晩寝た方の検査は異常無し。

ナルコレプシー特有の〝寝入りばなにすぐレム睡眠が発生する現象〟は起きていないとのこと。

 

日中に2時間おきに寝た検査の結果。

普通の人は寝入るまでに8分以上時間がかかるものだが、検査結果ではどの回も5分以内、早い時は1分ちょっとで寝ている。

これは人より異常に眠気が強い傾向があると言える。

 

診断名 特発性過眠症

『特発性』とは、「原因不明」という意味。

原因は分かっていません。

でも、治療法はあります。

日中の眠気を改善する薬があるので、それを飲めば眠気は改善されるでしょう。

 

よかった。

ちゃんと病気だった。

薬も飲める。

これで人並み程度には起きていられるようになる。

本当によかった。

 

眠たい病気⑧

試験は合格した。

もう1年勉強を続けるのは色々と難しいと思っていたのでホッとした。

 

数ヶ月が過ぎ、検査の日がやってきた。

夕方に診察してそのまま入院。

病室で晩ご飯を食べ、20 時過ぎに頭に脳波測定の機械を着ける。

終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG検査)というものをやるらしい。

 

23時就寝。

夜中に病院の外がうるさくて2回ほど目が覚める。

翌朝、8時半に起こされ、頭に装着した測定器はそのままで朝食を食べる。

家の雑用が何もないので、夜中に起きたとはいえしっかり眠れた感じだ。

 

これから睡眠潜時反復検査(MSLT検査)だ。

2時間おきに寝る検査らしい。

つうか、さっき起きたばかりなんで、多分眠れないのでは?

 

10時、12 時、14時、16時、18時。

さすがに起きてすぐは寝られないでしょと思っていたけど、10時の時もまあ寝たし他の回もだいたい5分くらいで寝られるのが不思議。

仕事を休んで堂々とたくさん寝られて、今日は満足だ。

 

検査結果がどうであろうと、この困った症状に対して何らかの対処療法をしてほしいものだ。

何も異常なかったです。

あなたは正常です。

単にあなたの気合いが足りないだけです。

意思が弱いだけです。

なんて放り出されたらもう絶望だよ。

死にたくなっちゃうよ。

 

眠たい病気⑦

睡眠時無呼吸症候群ではないと太鼓判を押されてしまった。

かといってこのまま死ぬまで眠たい日々を過ごすのは耐えられないと思い、詳しい検査のできる病院を紹介してもらうことにした。

 

検査の予約をしようとすると、何と4ヶ月待ちとか。

この手の特殊な検査はできる病院が少ないと聞いていたが、本当なんだな。

試験前に眠気に対する薬を処方してもらうどころか、検査もできないということか。

仕方がない。

ひとまず予約だけは済ませて、試験は自力で体調を整えて頑張るしかない。

 

試験当日。

前日しっかり睡眠を取ったし、試験前に少しだけ食べたので満腹ではなく程よい具合。

後は何とか眠らずに2時間問題が解けますようにと、祈るような気持ちで試験に挑んだ。

 

恐れていた眠気は、やって来なかった。

よかった。

あとは自分が正解を書けたかどうか。

とにかく1年間の苦しかった試験勉強は終わった。

覚えたり理解したりが苦しかったのではなく、眠気と闘うのが1番、本当に辛かった。

いや、「眠気と闘う」なんて簡単な言葉で片付けられないくらいしんどかった。

 

自分が眠たい人だったと再認識させられて、恐らく普通の人なら頑張れば何とか頑張れるであろう眠気に打ち勝つことができない情けなさ。

学習室でいつも寝てしまい、「周囲からきっと『またあの人寝てるよ』と思われているんじゃないか」と勝手にコソコソと後ろめたい気持ちになる。

席に座ってものの5分で寝てしまいほとんど勉強出来ないことがあって「自分は何をやっているのか」と自分に対して腹が立つやら情けないやら、それで不機嫌になって周囲に冷たく当たってしまって益々自己嫌悪に陥ったりして、本当に自分が嫌になった。

 

通院と薬を止めてから、どうしても起きていなければいけない状況がほとんどなかったので、眠いのがこんなに辛かったんだと改めて思い知らされた。

いや、かつての自分もそんな感じで精神的に挫け、追い詰められてどうにも行き詰まった為に勇気を出して病院に行ったんだっけ。

 

試験は終わったけど、まだこれからも何か勉強はしていきたいし本も読みたい。

映画館やお笑いライブ中にいつの間にか寝ているのも、後から自責の念しか湧いてこないし周囲の目も気になる。

原因がもし分かって治療法があるのだとすればやっぱり治療してほしいと、強く思った。

 

眠たい病気⑥

仕事が終わって図書館に篭れるのは平日でせいぜい1〜2時間。

帰宅したらご飯を作ったりあれやこれやで落ち着いて勉強なんてできないから、この時間は貴重だ。

 

なのに、図書館でテキストを読んでいると気がついたら目をつぶって寝ている。

眠気覚ましのタブレットやガムや飴を口にしても、口に入れたまま知らないうちに寝ている。

2時間学習室で過ごしたとして、実質集中できたのはせいぜいその半分くらいの時間か。

 

こんなことでは埒があかない。

通信教育の教材を取り寄せ、スマホから音声で講義を聞けるようにして仕事中に聞けそうな時はイヤホンで勉強した。

車の運転中も、大好きな音楽を封じてひたすら講義を聞いた。

 

試験が数ヶ月後に迫ってきたので、過去問を本番の試験形式で解いてみた。

すると、試験中どうしても寝てしまう時間があり得点を逃す。見直しする時間がなくなる。

ひどいと試験時間2時間のうち40分くらい寝ていたり、試験開始5分でいつの間にか目を閉じていたり、ウトウトと眠気と闘いながら時間だけが無駄に過ぎていく有様。

 

これはまずい。

本当にまずい。

問題を読んでいるはずが、気づいたら目を閉じている。

誰か何とかして!

 

藁にもすがる思いで、近所の耳鼻科へ行き、睡眠時無呼吸症候群の検査の申し込みをした。

宅配で、自宅でできる検査器が送られてきて2日間測定。

 

後日、耳鼻科へ結果を聞きに行く。

「異常ないです。呼吸が止まる回数も不整脈も正常範囲内です」

普通なら、患者はホッとするのだろうか。

「じゃあ、この眠いのは一体どうしたらいいんでしょうか?」

半分泣きそうだった。

睡眠時無呼吸症候群でしたと言われた方がまだマシだった。

 

眠たい病気⑤

昼間の眠気を改善する薬を飲み続けて数年。

薬さえ服用していれば日常生活に支障はほとんどなく、周囲に後ろめたい思いを抱えることもあまりなくなっていた。

 

そんな頃、結婚が決まった。

結婚に伴い遠方に引越しすることとなり、いつもの病院に通うのが難しくなった。

だが、仕事も辞めるししばらくはゆっくりして、働くとしてもせいぜいパートくらいかなという思いもあり、新しい病院を探すことはしなかった。

 

その後、眠い時は寝る生活をしつつ子供が2人でき、そんな中でも定期的に転勤があって働く機会はなかった。

もうこれで転勤はないねと生活が落ち着いた頃、パートで働き始めた。

工場の立ち仕事がメインなので仕事中眠くても本当に寝てしまうことはなかった。

でも身体がキツくて体調を崩し退職した。

 

その後は事務の仕事などしていたが、やはり座っていると気づいたら寝ていることがあった。

でも、若い頃に比べたら眠気のレベルは段違いだ。

車の運転も、この頃には前ほどの強い眠気は無く、眠くても何とか頑張って起きていられる程度になっていた。

加齢と共に眠気の症状は抑えられていくのかなと思った。

 

ある時、思い立って国家資格を取得しようと勉強をすることにした。

仕事が終わると図書館に寄り、学習室でテキストとノートを広げて問題を解く。

1年間頑張れば何とか合格できるのでは、いや1年で合格するぞと、図書館に毎日のように通い始めた。

 

眠気との苦しい闘いが再び始まるとは、この時はまだ思ってもみなかった。

 

眠たい病気④

通院を始めて半年。

一度きちんと検査をしてみないかと先生に勧められ、検査入院をすることになった。

 

入院するのは精神科。

脳波を取る検査は精神科になってしまうとかそんな説明だったと思う。

大きな病院で精神科病棟自体に鍵がかけられていて少々ビビる。

記憶が曖昧だが、おそらく終夜の脳波測定だったと思う。

 

退院後、結果を聞きにいく。

脳波の異常は無し。

ナルコレプシーかも、ということで「HLA- DR2」という血液検査もしたが、陰性だった。

ナルコレプシーだとほぼ100%これが陽性らしい。

結論として、「よく分からないがナルコレプシーではないようだけど、眠気の症状はあるのでナルコレプシーの〝疑い〟」ということになり、眠気を改善する薬を処方されることになった。

 

薬を服用し始めると、昼間の眠気がかなり改善された。

いつもなら眠くなる会議や映画館などで起きていられるようになった。

それはとても感動だった。

頭の中でうるさく回る夢のようなものもほぼなくなった。

通院して診察の時、以前ならこんなことがあったとか眠かったエピソードが色々あったけど、ほぼ話すことがなくなった。

 

とりあえず、これで普通の人のようになれた。

よかった。